大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)113号 判決

審決に原告主張のような取消事由があるかどうかについて検討する。

1 引用例に記載された技術内容の誤認と本願発明の構成の困難性の主張(請求の原因四の1)について。

(一) 原告は、引用例には、メラミンとホルムアルデヒドとの具体的反応条件として、アルカリ性条件下の反応が記載されているにすぎないのに、審決では酸性条件下の具体的反応条件が記載されているように認定しているから誤認である旨主張する。

成立に争いのない甲第四号証の記載、特にメラミンとホルムアルデヒドとを反応させる際「酸、アルカリ触媒により反応の状況が異り、アルカリ性では主としてメチロール化反応(附加反応)が起り、酸性ではメチロール化反応よりメチレン化反応(縮合反応)が速やかに進行する。一般にメラミンとホルムアルデヒドを反応させると、先づメチロールメラミンが生成し次でこれが縮重合する。この反応の初期は水溶性であり反応の進行と共に次第に水に溶けにくくなる。遂に不溶不融性の三次元構造の樹脂になることはよく知られている。」(一八頁一八~二二行)、「一般にゴムと熱硬化性樹脂を組合せると、ゴムの硬度、モジユラス、耐熱性、耐水性、耐油性、耐老化性、或は耐磨耗性が改善される。」(一七頁緒言の項七、八行)、「石炭酸樹脂に代り着色のない樹脂として当然アミノ樹脂、就中尿素、或はメラミン樹脂が考えられる」(同二〇、二一行)、「メラミン樹脂が最も適していると考えられたので詳細に検討した。」(一八頁七、八行)及び「そこで初期縮合物と之を熱重合させて作つた重合粉(メチロール基の少くなつた状態)とを比較検討してみた。」(二六頁考察の項八、九行)との各記載を総合勘案すれば、なるほど当事者間に争いがないように、引用例には具体的条件としてはアルカリ性条件下の実験が示されているにすぎないけれども、メラミン樹脂をゴムの補強剤として利用しようという観点から当業者が引用例を見た場合に、酸性条件下の反応は、引用例に「よく知られている」と明記されているとおり周知であり、また酸性条件とアルカリ性条件とは二者択一の関係にすぎないものであるから、酸性条件下の反応及び縮重合は、引用例から自明な事項であるとみることができる。そして、この程度の当業者に自明な事項は、当業者であれば、引用例を見た場合、明文の記載があるものとしてきわめて容易に読み取りうる事項であり、その意味において、審決が引用例に記載があるとしたことに誤りがあるとするのは相当でない。また、仮に自明とまでみられないとしても、引用例の前記各記載からみれば、当業者が容易に酸性条件下の反応に想到しうるというべきである。

そうすると、酸性条件下の具体的記載がないことのみをもつて、審決を取り消すべきものとすることはできない。

(二) 次に、原告は、本願発明における平均粒子寸法と比表面積の選定の困難性について主張する。

原告の主張によれば、本願発明の特徴とする酸性条件下の反応によつてのみ、本願発明で規定する平均粒子寸法及び比表面積をもつ粉体が得られることになるところ、そうであれば、メラミンとホルムアルデヒドとの反応を酸性条件下に行ない、不溶不融性のメラミン―ホルムアルデヒド縮合物を得ることは、前示のとおり、引用例の記載から当業者がこれを読み取ることができるか、少くとも容易に想到しうることであり、そして、それを引用例の記載に従つてゴムの補強剤として利用しようとすれば、審決が説示するように、該縮合物のゴム中への分散混合性、換言すれば、粒子の均一混入によるゴム面の手触りなどの平滑性を期待して、できるだけ粉末化した方が良いことは当然考えられることであり、粉末化した場合、同じ酸性条件下で得た縮合物なら、当然同じ物が得られるはずであるから、微粉砕の結果も同じにならなくてはならない。

なお、粒子を微細化すれば比表面積が増大することは当然の理であつて、粒子の平均粒径と比表面積とを全く切り離して考えるのは不合理である。

以上によれば、本願発明の構成に原告主張のような困難性はなく、引用例の記載から当業者が容易に想到しうる程度のものということができるから、原告の前記主張は採用できない。

(三) さらに、原告は、本願発明を表面活性剤の存在下に行ない、脱水を共沸蒸留によつて行なう点に引用例と差異がある旨主張するが、これらの各要件は、本願発明の特許請求の範囲に記載のないことであるから、右主張の採用できないことはいうまでもない。

2 本願発明の効果の主張(請求の原因四の2)について。

原告は、本願発明の目的物の平均粒子寸法と比表面積との相乗効果は顕著なものであつて、予期できないものである旨主張する。

原告の右主張は、引用例に酸性条件下の反応についての記載又は示唆がないことを前提とするものであることは、その主張自体から明らかであるところ、その前提が誤りであることは前記1の(一)に示したとおりであつて、酸性条件下の反応であれば同じ縮合物が得られるはずであり、同じ縮合物が得られれば同じ効果を奏するのは当然のことであるから、本願発明と引用例に記載又は示唆されたものとの間に作用効果上顕著な差があるとすることはできない。右の差異を前提とする原告の主張も採用のかぎりではない。

なお、成立に争いのない甲第七号証(昭和四二年五月一六日付手続補正書)記載の比較試験はフエノール樹脂との対比であり、同じく甲第六号証(昭和四四年一二月九日付手続補正書)記載のものはアルカリ性条件下に得られた重合物との効果の対比であるから、いずれも右判断の妨げとなるものではなく、また、同じく甲第五号証(口述書)記載のものは、本願発明の特許請求の範囲に明示のない要件に基づいて得られた縮合物の効果についてのものと認められるから、これにより本願発明の効果を認めることはできない。

3 審理不尽の主張(請求の原因四の3)について。

原告は、被告提出の乙第一号証(特公昭二九―五五四四号公報)が審判の段階までに引用されていれば、本願発明の明細書をその主張の要件を加入して訂正する機会があり、その訂正された発明は特許に値するから、審決に至る手続に審理不尽の違法がある旨主張する。

しかしながら、特許法上特許異議申立制度や無効審判制度が存在することからみても、特許出願の審査又は拒絶査定不服の審判において、審査官又は審判官による引用例の検索が必ずしも万全を期し難いことは特許法の予定しているところであり、特許出願に対し、これを拒絶するに足る引用例を索出し、これを出願人に通知した以上、さらにより適切な引用例の有無を調査する必要はなく、そのような調査をせず、より適切な引用例を出願人に通知しなかつたからといつて、その審査又は審判手続に審理不尽の違法があるとすることはできない。

また、審決理由によれば、本件においては、審査段階の拒絶査定の理由として、すでに「メラミンとホルムアルデヒドを酸性条件下で反応させて硬化した樹脂を生成することも本出願前周知であり」と説示されていたことが明らかであり、しかも、引用例にメラミンとホルムアルデヒドとの反応を酸性条件下で行なうと縮重合反応が促進されることが記載されていることは前認定のとおりであるから、昭和三九年の出願に係り未だ公告決定の謄本の送達前である本件出願については、原告が任意にその主張の要件を加入する等の補正をすることができ、またその機会は十分にあつたといわなければならない。

してみると、本件訴訟の段階で被告が周知例として引用例としてより適切とみられる乙第一号証を提出したことにより、審判手続に審理不尽の違法が生ずるいわれはなく、また、前記のとおり、本願発明は、審決の判断のとおり、乙第一号証の援用をまつまでもなく、これを特許すべきものでないから、被告の右主張は、到底採用することができない。

以上のとおりで、原告の審決取消事由の主張はいずれも失当であり、審決には、これを取り消すべき違法の点はないというべきであるから、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

分子比が一:一・五ないし一:六のメラミンとホルムアルデヒドとの水溶液を二〇ないし一〇〇℃の温度および6ないし0のPH値に保ち、そうして固体相を形成させその溶液から分離し、この分離した固体相を次に無機塩から実質的に遊離させ、こうして得た固化した不溶不融性製品を平均粒子の大きさが5μよりも小さく粉砕して一〇m2/gよりも大きな比表面積を持つ粉末とすることから成る・ゴムの強化剤に適当した微細に分散した不溶不融性の固体のメラミンーホルムアルデヒド縮合物の製法。

審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。

これに対する原査定の拒絶理由の概要は次のとおりである。

「日本ゴム協会誌」昭和三二年一一月号(以下「引用例」という。)第八二七~八三六頁には、メラミン―ホルムアルデヒドの初期縮合物や硬化物の微粉末をゴムに配合することが記載されて本出願前公知であり、メラミンとホルムアルデヒドを酸性条件下で反応させて硬化した樹脂を生成することも本出願前周知である。そして無機塩などの不純物を除去することは当業者が任意に行ないうることであるし、また、本願発明において固化樹脂製品の粒子寸法や、比表面積を限定したことに格別の意義も認められないので、本願発明は引用例の記載から当業者が容易に発明できたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができない。

請求人(原告)は、これに対して、本願発明は新規な方法で特定の粒子寸法と比表面積を有する不溶不融性のメラミン―ホルムアルデヒド樹脂の微粉末を製造したものであり、また、これをゴムに配合した際に引用例に記載の硬化樹脂粉末を用いた場合に比して特にすぐれた効果を有するものであるから、引用例から容易に発明できた程度のものではないと主張した。

そこで検討すると、メラミンとホルムアルデヒドの反応は付加反応を経て縮重合によつて不溶不融性の樹脂を生成するにいたる過程をたどること、また、この反応を酸性条件下で行なうと縮重合反応が促進されること、この際反応は八〇~九〇℃で、メラミン一モルに対して二~三モルのホルムアルデヒドが使用されること、またこの反応で得られた初期縮合物の乾燥粉末およびさらにそれを熱重合(縮重合)させて得た硬化物を二〇〇メツシユ(約七四μの平均粒子寸法に相当)に粉砕して得た粒子をゴムの補強ないしは充填剤として用いることが記載されている以上、本願発明の樹脂粉末の製法とそれにより得られた製品の使用目的(用途)に関しては引用例のそれと本質的な差異は認められない。ただ本願発明では上記硬化物をその粒子の大きさが五μ以下で比表面積が一〇m2/gであるような微粉末にすることを規定しているが、このような粉砕の程度を規定することは粉末の使用目的やゴム等への配合条件に応じて当業者が任意になしうる事項であり、また、一般に粉末の粒子を微細化すればその比表面積が増加することも当然であるから、本願発明において樹脂硬化物粉末の粒子寸法および比表面積を規定したことに格別の創作的意義は認められない。

また、請求人(原告)の主張するゴムへの配合上の効果についても、本願発明はゴムへの配合方法または配合組成物を何ら発明の対象として規定するものではないから、そのような特別の条件下における効果をもつて直ちに本願発明の進歩性を判断することはできない上に、一般にゴム配合の技術において、配合剤を微粉化すればそれだけゴム中への分散混合性が良好になり、その結果としてゴムの強度の向上が期待しうることは当然考えられるところであるから、前記硬化樹脂粉末のゴムへの配合を意図するときにそれを微粉末化しようとすることは当業者が容易に想到しうる範囲を出ないものと認められるし、また明細書中の記載からみても、この際の粉末の粒子寸法および比表面積をそれぞれ特定の数値に限定したことによつて格別臨界的効果が奏しえられたものとも認められない。

してみれば、前記主張にもかかわらず、本願発明は、ゴムの性質を改良するためのすぐれた添加剤としてのメラミン―ホルムアルデヒド系樹脂粉末の使用を開示した引用例の記載に基づいて、当業者が容易に発明できた程度のものとするのを相当とし、したがつて前記理由によつて本願を拒絶すべきものであるとした原査定の認定は妥当であるものと認める。

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